西洋占星術的な、物事の捉え方The Traditional Astrology■ ものごとを知るとは?■ 一つの事柄を知るとは、それを成り立たせている原理(つまり本質)を理解することです。本来ならばストレートに物事の中心にある本質的なものをつかめればよいのですが、私たち人間は案外浅知恵で、我々の知覚がそれを邪魔します。 私たちは、知識として物事を把握する方を先に立たせてしまいます。だから学ぶのですが。英語を学ぶとして、会話ができるというレベルは英語圏で生まれれば誰だって身に付けられるものです。そのレベルは本質などと言う言葉も当てはまらないほど普通のことです。 西洋占星術の勉強も言語を学ぶことによく似ています。星の言葉を学ぶことが、語学に喩えられたりもします。学んでいる段階では、もちろん本質を把握するなどとは言いがたいことです。つかむとすれば、かなり遠い道のりになることでしょう。 西洋占星術の学習の場合、混沌とした目の前の状況を解きほぐすことから始めなくてはなりません。より明確なもの、より理解し易いと思われるものからスタートし、何らかの法則性を解き明かす段階において実占が為され、各種の原則的な要素を見つけていくことになります。その原理原則的な要素と見えたものは更に細分化されていくかもしれません。 この学習においては、私たちは原則と構成要素を習い、そして応用するためにこれを習熟しようとします。原理原則と構成要素を更に深く追求するという姿勢もあながち間違いではありません。しかしながら、占星学、占星術の構成要素の深奥には、昔から真理が存在していると言われています。つまり、全ての物事の本質そのものです。何故そう言えるのかと問われれば、西洋占星術は元々物事の真実・本質を見出だそうとして判断されるからだと述べておきましょう。 いささか高飛車な答えですが、西洋占星術の天球には神々の位置が基から想定されています。神というのが憚(ハバカ)られるなら、宇宙の統一の中心が、この宇宙を機能させていると想定している学問だからです。
◆ 西洋占星術を学ぶ姿勢私たちは可能であれば、天文による予測と判断の技能を、哲学的な基礎とともに尊大にならない方法で得られれば最良です。前節で述べたように、西洋占星術の理論のよって立つ天球に神々の位置が元々含まれていることは、これが真理を目指した学問として成立していることを物語るものです。誰しもが、始めから真理を把握したいが為に占星術を学びたいと志されるのではないことも至極当然のことです。学び始める動機がどういうものであっても、星々を形作っているのがクライアントの心であることを何度も経験すると、ひょっとしたら、そこには真理が横たわってるのではないかと思い始めます。つまり、星々が我々を操っているのではありません。私たちの方が、惑星の位置を形作っていると実感をするのです。私達の中の何が、そのように星々の位置を決定しているのでしょう? この疑問に至った時に、きっとあなたは、真実とか真理と言われるものについて考え始めます。占星術を学び始めれば、それはそう遠くない未来に始まるはずです。 このような西洋占星術に対する姿勢を培ってくれるものは、ホラリー、イレクション、ネイタル、マンデン等、占星術のジャンルの中では、ホラリー占星術しかありません。ネイタル占星術を何年学ぼうと、西洋占星術の法則そのものに目を向ける日はやってきません。法則は鵜呑みにするしかありません。アラビア時代以降の占星師たちの多くは、その為にホラリー占星術から学び始めました。占星術師の中には、ネイタルから学び始めることを、よほどの賢人でないと学べないのだとして戒めている占星家だっていました。 (※ グイード・ボナタスという占星家は、自身のネイタルの教科書[第九冊目]の始めに、占星術のチャートを読めても、占星術を知ることにはならないと書いています。ネイタルから学び始めるとこの愚に至ります。それが何故かは基礎から学べば分かります。) ■ 法則の脆弱性サインには、ある特定の意味合いを持つ個性的で画期的な性格を記述する能力はありません。 真理を掴んでみたいという欲求は、疑問から始まり、占断による確信と共に徐々に膨らんでいくことでしょう。しかしながら占星術の個々の法則は、脆弱さに満ち溢れています。それぞれ個別に見つけられる法則の断片の特質は、ほとんど何も予測・予期できないことに帰着します。 太陽が牡羊のサインに入っていると 上記の意味合いは、今日の学校教育における勝ち組負け組を作ろうとする文化的な意味そのものです。これでは、12種類の競争偏重型の人種しかこの世界に住めないことになります。西洋占星術の真理の一面には調和が有って、競争原理にはそぐわないのです。牡羊のサインは、もっと微細な意味しか持っていません。 他の一般的な科学では、基本的な法則は、観察、実験、類推、そして再現性もあるので、予測できて信用できることにつながります。ですから現代は、観察できる、実験できる、計算できる、再現性がある、といった面ばかりに目が向けられているようです。したがって、占星術の奥にいくら真理が横たわっていそうだと気が付いたところで、占星術を構成する個々の脆弱さゆえに、即座に真理そのものを、また、きちんとした占断そのものを得ることは難しいのです。 科学的態度というものに目を移すならば、今日の理論物理学のように、科学的な観測データから得られる結果に基づき推論を重ねること、その推論から宇宙の構成とはこうであるかも知れないと考えることも科学です。各種の推論も科学です。しかしながら、とっぴな理論を展開しても良いというのは科学的な態度とは言えません。過去に論証された方法から、あるいは法則から、それらを踏まえて新たな推論を行うことこそが科学的態度と呼べるものです。占星学は決して科学ではありませんが、古典的な占星学を学ぶことは、その後の推論を行う上で決して間違った態度ではないはずです。その態度だけは、理論物理学同様の科学的な態度と言えるでしょう。 ◆ 星の世界の約束事このHPで述べられている星の世界の約束事は、遠い昔から論証されてきた天の学習の為の基礎の基礎であり、これを組み合わせれば一つの推論が行える約束事です。法則を踏み外せば推論の道を外れ、道に迷うことになります。もちろん、未だに、見つけられていない法則もあるでしょう。天の学習ではいささか緩慢ながら、同じ法則が何度も何度も繰り返し使われていることに気が付かれるでしょう。一つの法則に先の法則が含まれ、新たな法則にも先の法則が見つかるようなものです。言うなれば、可能性の限界内で謙虚に判断を推し進めることができるということにもつながります。 天に包まれているもの(星の法則)が、ほとんどの出来事の一般的な性質から描き出せるなら、その法則は非常に明白に成り立っていると言えるでしょう。それでも個々の法則は、あまりにも断片的で脆弱です。我々は、この繊細で脆弱だと言われているものについて学んでいるのです。しかし、これらの組み合わせはとても強大な神秘力として他から畏れられます。神のようだとも言われます。決してこの知識によって神になれるわけではないのですが、少なくとも、神の言葉の一部を理解できる喜びに浸れます。チャートによっては感動さえも得られます。 それが、真理を求める始まりになります。 ■ 名人の極み 至為は為す無く
最近(2014年)、将棋の羽生名人が座右の銘としているとして有名になっている句です。普通に行っていることが至って本筋を捉え、言っている事は何の奇も衒いも無く的を得ていて、道具を使わなくても本筋を捉えることを指しています。 又、 到達するのが難しいものは、えてして大部分の人々によって容易に攻撃されます。京都の陶芸家の河井寛次郎氏はどんどん有名になっていって、他からやっかみ、そねみ、恨みを受けても、一心に陶芸に打ち込みました。何を言われようと・・・ です。一芸に秀でるとはそういうことです。 西洋占星術と謳われる世界には、似ていて非なる太陽星座占いがあり、もっともらしく西洋占星術と冠を掲げていますが、まったく別のものです。区別は付けにくいものです。それらは西洋占星術と同様のように見えますが、両方とも何かを補い合っています。どちらかが廃れるのを、互いに防いでくれているのです。 どちらも、今日大多数の人たちが好む計算では成り立っていません。証明するのは難しいでしょう。そう感じるのであれば、心のうちに留めておくのも一向に差支えはありません。学んでいない他の人々から見れば、星の法則はもっともらしい基礎から成り立っているだけで、あるいは、始めから役に立たないものと考えている人達にとっては眉唾物です。 知られているものさえ知ろうとしない知識を回避する行為は、充分に内容について知らずにその構成部分をも誹謗します。ですから、知ることは利益になります。 我々は、有用な占いという主題について詳細な学習を始める前に、占星術の構成要素をもう少し深く調べなくてはなりません。眉唾ものだったら困るでしょう。
■ 天文による予測の手段の中で、最も重要で有効な四つの事柄。The Principles of Art are three, Reason, Sense, and Experience, but the Principles of Operations four, viz: The Planets, The Parts of Heaven, The Fixed Stars, and the Site or Position* of all those in respect of one another.
- ジェラルモ・カルダーノ - * Aspect and their configurations. (※アスペクト& リセプション) 次に学ぶべきものはハウスです。占星術にハウスが取り込まれてきたのは、遠い昔からあった方向を吉凶に区分する考え方から来ています。そうでなければ、新たな判断方法が思い付かれていたでしょう。東は日の昇る所、西は日が沈む所等々の意味がハウスに取り込まれてきたということです。 三番目の構成要素の恒星は、西洋占星術発生以前から、農業と密接に関係付けられていました。どの恒星がどこに来れば種蒔きで、どこに来たら洪水に気を付けなければいけない、どこの辺りで刈り入れなのかを判断できました。 四番目のアスペクトやリセプションには、西洋占星術の独特の判断方法が眠ります。時の変化と共に起きる、太陽、月、および惑星達の互いが織りなす関係性(ハウス位置・リセプション)は、実に占星術を芸術の段階(この学習における本分)へと高めてくれます。 それらの法則を指し示す前に、先代の熟達者達が遺してくれた格言に目を移してみることにします。学習に取り組む注意点を与えてくれています。次の七つのものは、ウィリアム・リリーという17世紀のイギリスに実在した占星術師によって、占星学の学徒の為に書かれています。それに、少しだけ付け加えたり端折ったりしてあります。
■ サインには、ある特定の意味合いを持つ個性的で画一的な性格を記述する能力はありません。サインはとても把握しにくいものです。といっても、古典的なサインはそれほど意味を持つわけではありません。コンビニエンスな占星術では、サインに惑星が入っていると何らかの意味を持つとされます。例えば、火星が射手のサインに入っていると、「確信と無秩序があり、直観力が増す… 」等と言われますが、ここには一切ハウス位置での考慮が加味されていません。まず、そんな意味は誰にでも当てはまる言質です。 分かりにくいというのは、あまりにも様々なことを言われ過ぎていて、どれが本当のことかが分かりにくいという意味です。そこで、勢い大先生と言われる方々の難しい解釈本が売れることになります。これでもか、これでもか、と言われ続けて際限がありません。モダンな占星術で信じられているような、 際限が無いということは、逆に言えば、「何でもあり」、になってしまいかねません。西洋占星術の第一原理は、シンプルのはずなのに… です。 占星術を構成するサインは架空の天球ですから、占星術的にはそこは神の位置です。 サインには、ある特定の意味合いを持つ個性的で画一的な性格を記述する能力はありません。 占星術的なサインを理解するには、占星術の構成されている宇宙観を理解することが不可欠です。これが、あまり語られてきませんでした。天文学上の惑星を入れ込む占星術の世界で、この宇宙観を説明すると、不都合が生じるのです。占星術を成り立たせている宇宙観は、現代天文学で捉えているものと全く違っていて、異質です。これこそが、占星術と現代天文学が袖を違えた大きな理由です。まず、天王星や海王星(これらは天文学の惑星であり、西洋占星術上の惑星の定義を逸脱しています)を入れ込む場所が、簡単に見つかりません。実際に入れ込める場所は在るのですが、それに気付く人は稀です。
◆ 占星術の持つ宇宙構造 そこにあるサイン
![]() 目に見える夜空は球体として写ります。それを黄道で輪切りにして見ると上の図のようになります。まず、星座とサインがずれています。恒星の位置は、そのまま星座の位置です。サインは一番外側です。チャート作成ソフトも、ほとんどそうなっています。星座は見えますが、サインは見えません。 貼り付いた天球が視認できる最も外側の天球となります。更にその外側には、我々の使う架空の天球が置かれます。それこそが、黄道帯十二サインの位置です。基準点は、天文学と同じ春分点を使っていますが、黄道帯12サインの方は全天360度を各30度ずつ12に均等に割っています。星座とは違うのです。天球の一番外側の一区画が1つのサインとなります。これが占星術で捉える黄道、そして黄道帯十二サイン、そして、星座の位置です。 従って黄道帯十二サインは、恒星と星座の存在するその上に置かれる架空の天球上に広がります。そして、この架空で30度ずつ不易の天球を、神の位置と占星術では捉えます。これは神の位置が永遠の宇宙の彼方に存在することを意味しません。この天球自身が極めて視覚的ですから、神の位置は、星座の貼り付いた天球の一つ外側、ほんの少し外側と想定できます。また、「うお座」「おひつじ座」等の星座は、図の中の恒星の天球に属していますから、極わずかずつ黄道帯12サインの内側を移動しています。黄道帯12サインは不易と捉えますから、移動しているのは星座の方で、黄道に対して前に向かって動いています。 現実の宇宙の構造は、今や現在の地球文明が発生して以来、最もその実相を捉えていると言っても過言ではありません。太陽系の構造においても、太陽を中心としたバームクーヘン構造を学校で習ったように詳細で、それは論理的にも明確です。天文学の世界には、今や年に数千個も発見される小惑星や外惑星、矮(準)惑星となった冥王星等の存在があることも知っています。でも、天文学では太陽も月も決して惑星とは呼んでいません。代わりに、海王星や天王星を惑星と呼び習わしています。我々の専門分野とは、定義が違うわけです。もちろん、我々も天文学に迎合する必要は一切ありません。 地球中心の、視覚的に近い惑星の順は、月、その次は現代天文学に基づく観測では明らかに金星のはずなのに、占星術の方は水星になります。これこそ天文学と占星術が違う土俵の上に存在している証拠です。 この惑星の並び順を外側から捉えたものを、カルディアン・オーダーと呼びます。土星、木星、火星、太陽、金星、水星、月という並び順です。これは私たちが日常的に使っている「曜日」に反映されています。「どん・もく・かー・たい・きん・すい・げつ」と覚えてください。 この図を見ていると、たとえ木星と土星の間に新たな惑星が発見されたとしても、考慮の対象にしなくてもよいこと、『新たな天文学的な発見を入れ込む必要がない』ことに気付きます。なぜなら、天文学的な宇宙観と、占星術的な宇宙観は全く違うからです。占星術では神と人との交流の概念を持ち込む必要があり、上記の図のような考え方に基づいて占星術が構成されて、始めて違和感なく受け取れます。 ◆ 個人的なサインの捉え方占星術を構成するサインには、幾つかの役割があります。古代の熟達者達はいろいろな捉え方をしています。私は、これを4つに分けて説明をしています。
1は、位置表示ですから分かると思います。2は、エッセンシャル・ディグニティーのことです。3は、サインの機能として、そこがバーレンサインと呼ばれる場所なら、入っている惑星が不妊とか不毛とか呼ばれる状態になる、サインの意味が付きまとうということです。4番目が、これまであまり語られなかったリセプションに通じる捉え方です。これら、一つ一つは、もう少し詳しく書く予定です。
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