西洋占星術

本 質 を 区 分 す る

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■ コンテンツ 目次
■ 占星術ワールド
◆ 占星術が生まれた
■ 西洋占星術の誕生
■ 西洋占星術の誕生
■ 西洋占星術を学ぶ姿勢
◆ 占星術による物事の判断
■ 惑星は何故7つ
◆ 西洋占星術の基礎
■ 占星術の基礎 2
■ 惑星の持つ光に付いて
■ 西洋占星術の精神性
◆ 自然科学と西洋占星術
◆ サインの使い方
■ 惑星の図案
■ 星を読むことができると
したら
それを書いたのは誰?
■ 星を読むことが その 2.
■ 星を読むことが その 3.
■ 星を読むことが その 4.
◆ 創造神と、神々の位置
■ エレメントを持つ惑星
◆ 魔術と唯識論
■ 魔術と、霊的な感覚
◆ サインを多用しない
■ 占星術で言うエッセンス
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■ 本質を区分する
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■ 占い四方山話し
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 ◆ 本質を区分する考え方

西洋占星術には、本質を区分する考え方があります。それは、物理学的なものではありません。

占星術では、そのような考え方も、判断の要素としていきます。

占星術は、物事の本質を様々な切り口で区分します。

昼と夜 、
男性格と女性格
陰陽に分ける、プラスとマイナスに分ける、二区分。
カーディナル、フィクスド、ミュータブル と三つに区分したりします。
エレメント は四つですから物事を四つに区分する捉え方もあります。
7つの惑星の存在から本質を七つにも区分する考え方もあります。
その他に、それら物事の本質、物事そのものを区分した様々な要素が、どう干渉し合い、どう捉えられ、どう考えられるのか、どう展開していくのか等々、総合的な判断をするのが西洋占星術であるとも言えます。

2様に分けるというのは、世界のどの文化でも共通して見られることです。その前の段階の一位の物、あるいは源初のものと呼ばれる考え方は、ギリシャ哲学ではエーテルと呼ばれたり、モナドと呼ばれたりするものです。儒教では先天の一気と呼ぶものです。宇宙創成の以前からそれは源形として存在し続けていて、その形になっていない鋳型(設計図)が無ければ宇宙は存在し始めなかったと考えられるものです。無から有は生じないからです。 全てが一つでした。それが宇宙の本体でした。宇宙も魂も、現実の世界の法則に則って形作られていき、それが現実の世界となって登場したのです。

大事な一点は、人間も宇宙も元々一つであったということです。今でもそうです。人間は宇宙の一部なのです。元々つながっているのです。宇宙本体の至寶が、いまだに体を突き抜けているのです。それは、決して切れはしません。そして体の中を貫いている。

先天の気は動く事をよしとします。楽をしよう、止めようとすると、体は宇宙へ還元される方向へ、つまり、肉体だけが止まる、死の方向へ向かいます。止めようとすると、魂が死ぬわけではなく、肉体だけが止められるのです。

宇宙が創成される時に、どの文化でも気付いたように、陰陽、プラスとマイナスという考え方が出てきます。ギリシャ哲学では、これだけでは宇宙は形成されないので別の捉え方をしています。当初3つのエレメントであったものを、エンエペドクロスが、4つにしました。

それが、3分割であり、4つのエレメントであり、3+4=7つの惑星という考え方と、3×4=12のサインというものにつながります。

幾つかの文化が西洋占星術を支えているわけですが、その根っ子に、世界共通の文化である、本源のモノを二分するという考え方も入っています。 本質を分ける 「モノ」の本質とは何か、物理学的にも、ほとんど疑問のままです。ひょっとしたら、理論の外に置かれていて、感じることしか許されないモノなのかもしれません。

光、波、愛、時間等、本質を認識しづらいモノを考えてみて、西洋占星術では、認識できる(意識に昇る)段階のモノは全て「エッセンス−本質」を持っていると捉えます。

 ■ 西洋占星術という芸術

西洋占星術は、「モノを区分して、人の言葉で再構築する芸術」です。物理学では「物」を110数個の原子という物質に振り分け、さらに原子を細分化し、電子や中性子や陽子レベルで考え、「場」の理論や「量子(素粒子)力学」等で説明されつつあります。

物理学では、宇宙のミクロからマクロまでをきちんと説明できる「統一理論」というものを追いかけているようです。

光は三原色に分けられます。また、光を虹のように7つに分けることもできますし、プリズムを使って、もっと細かく分けることもできます。ここで言いたいのは、この世の様々なものには何か本質と呼ばれるモノがあって、そのエッセンス−本質を振り分ける方法は一つではないよということです。

西洋占星術はこの振り分けを、物理学的な考え方ではなく、「愛」や「美しさ」のような物質と呼べないようなモノまでも振り分けられる方法を取っています。これらの場合にも、本質は有ると考えられていて、言葉では旨く説明できませんが、本質を持つとします。感じることだけしか許されないモノでも、とにかく、この世の様々なモノには何らかの「エッセンス−本質」があって、占星術ではそれらを振り分けて考えることを旨としてきました。 例えば、時間を7つの本質に分けています。一週間は、太陽の性質の日曜日から、土星の性質を持つ土曜日まで分けました。そこには、海王星の性質の日も、天王星の性質の日もありません。

◆ 7つに分けてきた!

古代の賢人達は、西洋占星術で本質を惑星の数の7つにも分けてきたのです。海王星や天王星を占星術に基本的な惑星として入れ込むなら、それは九つ、あるいは十をベースにした別の星占いの体系が要ることになります。つまり、本質を9つに分ける占星術の登場が必要です。本質を7つに振り分ける占星術では、多くのものを7つに振り分けています。鉱物、これも7つに振り分けます。現代物理学のように110数個あれば便利でしょうけれども、7つに振り分ける道を選んだわけですから、7つに分類しなければいけません。そこでは亜鉛と鉛は同じ土星になってしまいます。化学反応なら困りますが、人生の航路では、亜鉛と鉛が同じ土星の範疇に入っても困ることはありません。全てのものの背後には本質が、「張り付く、場のようにある、持っている、支えられている、共有している」、どれも正確ではありませんが、有るとします。 そして、それら本質を区分した要相を見せるホロスコープを、今度は状況に合わせて組み合わせるのがあなたの役目になります。法則に則って組み立てて行きますが、芸術の基礎は、このような本質を区分するという考え方にあります。

 ◆ 占星術の命題「私の人生の意味は何?」

占星術師が多くの問題を解決するとしても、最も大きな利益は自分自身の問題の解決です。占星術は、肉体と心と魂の統合体としての自分自身を深く見つめる目を培ってくれます。占星術の天球図はこれに基づいています。それは、実際には存在していない地球中心の天球を使い続けていることに示されています。現実の天球では無い捉え方に、これは、現実だけを追い求めているわけではないというスタンスを明確に表わしています。昔の占星家は瞑想を日課としていました。心の問題を、当たり前のように常に考えていたということです。ひょっとしたら、問題の切り口はもっと別のもの、たとえば、「私はなぜ生きているのか」とか、「私は誰」だったかもしれません。これらは、哲学と同じレベルの問題です。

心の問題も解きたいと考えた人たちが占星術を学んできたのか、占星術を学んだから心の問題に直面したのか、どちらが先かは分かりませんけれども、どちらであっても、惑星の動きや、それらを通して捉えていくことで、自分自身の心の動きを教えてくれる宇宙に対する敬虔なものを感じていきます。そして、占星術を介して、やがてその通りだったのだと感覚的につかめるようになります。古代の人たちは、太陽から降り注がれる偉大な熱と光を浴びながら光を神々の恩恵であると感じ、月の光を見ながら女神に思いを馳せ、天の川のきらめきから、それは神々の世界から降りてくる御使いたちの通り道であると感じてきたのです。そのような事柄から、この世は、目に見える世界だけで成り立っているのではないと随分早くから感じ取っていたのです。端的に、短絡的に、星々は神々の意志を明らかにしているのだと気付いていたのです。

占星術はスピリチュアル?

一時、地球中心の世界観は間違っていることから、コペルニクス的な発想が一般化しつつあった17世紀に占星術の衰退が始まると同時に、それは、占星術の背景となるバックボーンにも影を落としました。技術的なテクニックもさることながら、占星術が元々持っていた哲学的な思想も捨て去ってしまったのです。思想的なものを再構築するためかどうかは定かではありませんが、19世紀後期の占星家アラン・レオは、とても神智学的なものを占星術のバックグラウンドに持って来ようとしました。アラン・レオが生きていた当時、神智学協会は思想に対する影響力をヨーロッパ全域に与えていたのです。アラン・レオもその会員になり、強く影響を受けます。この思想事態は、とても東洋的な影響も受けています。今もその神秘思想は連綿と続いていますが、アラン・レオは、緻密に神智学的な考え方と占星術を融合したかったのかどうかまでは判断できません。

この宇宙には超自然的な力が存在し活動していて、その高次の超自然的な力が全てを統率しているというのもあったと考えられます。そこには、私たちの内面的なものが星々の位置を決定して作り上げているという東洋の思想に代表される唯識論的な考え方も垣間見えます。

■ 唯識論

東洋の哲学に唯識論というものがあります。事実、今日、多くの西洋の占星家も、自らの星を読み解く行為を東洋の思想に頼っています。 唯識論とは、心がこの世界を表出していると考える思想です。表層意識、潜在意識、超潜在意識の全ての範ちゅうから、この世は心が思い描いた通りにできていると考えるものです。もちろん、一番強く作用しているのは、超潜在意識のほうであり、潜在意識、表層意識と順番に整えていかないと、現実はなかなか変えることができないと考えられます。でも、一旦心のシステムを把握すれば、超潜在意識が変わってしまえば、どれだけでも現実を変えていくことが可能だと考える思想です。

仏教思想では、その為の日々の心の鍛錬だと捉えるわけです。どんなことがあっても、へこたれなければ、心は明るくいられます。心が明るく軽くいられれば、明日も好転していくことでしょう。そのような唯識論によれば、星の位置さえも、心が決定していることになります。というか、良い時間に、星を選ばせてしまうような心の状態になっているということでしょう。心が作り出した星の位置だからこそ、星は読むことができます。

◆ 運命の波

真理とか真実と呼ばれるものは変わらぬものであり、揺るがないものです。一方、現実は変化するものであり、終りのあるものです。 波は物質のある性質の側面を描き出す言葉です。物の存在を遠くから光という波を通して「在る」と認識させてくれます。架空の波を作り出すことができれば、立体メガネのように錯覚を生じさせ、人は無いものを在ると認識したり、在るものを無いと認識したりもします。これは、音の波でも作り出すことができ、音の波に音の波を足して音を打ち消したりもできて、音響技術に活かされています。

波とか流れとか風という物質はこの世には存在しません。これらは性質であって物質ではありません。そのような「物」は他にもたくさんあります。私たちは波打つ稲穂の上に波を見ることで風を認識することができますし、音として空気の波を日々聞きながら暮らしています。

水の流れはさらさらと波を伴いながら川を下ります。少し粘着性のある液体はネットリとゆっくりと脈打つように流れます。それよりも固い氷河などは、かなりの年月をかけて表面には波の模様を描きながら流れて行きます。このように、世の中には同じ流れといっても速度が違っているものが様々あります。現実の世界には、様々な波を伴う流れが存在していて、まるでそれぞれの時間の流れが違っているように見えます。すなわち、波は一つの「質」でありながらも、抱え込んでいる時間の性質は違っているのです。波ですから、いつかは終息を迎え消えていきます。川の流れの中の波を見ていても、氷河の流れを思い浮かべてみても、流れは次から次へと途絶えることは無く連綿と続きながら、個別には終息を迎えます。全ての存在も、波の「質」として捉えると、絶え間なく続いているように見えて、細部は全て終息し続けていきます。人生も流れです。私たち各人は、全く違った「質」の流れ、違った「質」の時間の流れに浸っているといえます。小さな振動から太陽風のような大きな振幅まで、私たちは流れの中にいて、波に揺られて生活しているようなものです。

様々な質の違う流れが私たちの回りに渦巻き、人生もそれら様々な波に乗りながら進んでいきます。その波の中には、私たち自身が発するものもあるはずです。自分の回りに生じている波は、ある程度までは限定的に動きは定まっています。しかし、遠い向こうにある波には、自らの動きで発する波も加わっていき、自らの動きで変化させることができるはずです。つまり、人生は変わっていくのです。 占いが当てることができるのは、一つの波、一つの「質」が生じてしまっている間です。次の波は、今や自分が作り出しますから、どれだけでも変化させていくことができます。海の波や、川の流れをじっと見ていると、大きなうねりの中に波しぶきが生じることがあり、その波の中に小さな波や、それを乗せている波もあり、三重にも四重にも幾重にもなっていることが分かります。小さな自分が作り上げる波は、波及効果を生みながら、次の波を形作っていきます。今の波は分かっても、次の波はどれだけでも作りかえることができるのです。じっとしていれば、静かな波にもなるでしょう。大きな動きをすれば、大きな波及効果も期待できます。

 ◆ 愛

波の性質を観察していると、次のようなことが分かってきます。今、恋愛の相手のいない人であるなら、次に現れる人がどのような人か定かではありません。波は自分で作ることもできるのですから、良い波を作れば、良い人にも巡り合えるでしょう。常に同じような相手と巡り合ってしまうということは、成長していなということです。何もしていなければ、同じ命題を持つ相手に巡り合うこともよくあることですし、そのような例を聞いたこともあるでしょう。言われているように、選ぶ相手が常に暴力を振るう相手を選んでしまうというような場合もあります。

でも、変われるのです。自分が変われば相手は変わるものです。何も変化をしないから、占いに頼り過ぎて変化をしない自分が居続けることになり、変わらないのです。人生は変えることができるという強い信念で支えていけば、変わります。 直感レベルでしか認識できないものもあります。あなたにも、きっと誰か、愛してくれる人があることでしょうし、愛する人を思っていることでしょう。人は論理的に考える場合と、感覚で分る場合の両方があります。愛は論理ではなく感じるものです。愛は理屈ではありません。心から生じていて、そして愛は直に感じるものです。二次的な光から、一次的な光を感じようとするときも、論理では到達できません。

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 ■ 歴史読み物

■ 西洋占星術と、キリスト教

西洋占星術は、あまりキリスト教世界に受け入れられていません。ヘロデ王の陰謀から、東方の三賢人(西洋占星術師)が幼いイエス・キリストを救ったはずなのに、その恩を正当に評価し得ないままでいます。

今からお伝えする様々な事柄には、実例も出てきます。

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