西 洋 占 星 術 の 簡 単 な 歴 史 1

西 洋 占 星 術  誕 生

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■ コンテンツ 目次
■ 占星術ワールド
◆ 占星術が生まれた
■ 西洋占星術の誕生
■ 西洋占星術の誕生
■ 西洋占星術を学ぶ姿勢
◆ 占星術による物事の判断
■ 惑星は何故7つ
◆ 西洋占星術の基礎
■ 占星術の基礎 2
■ 惑星の持つ光に付いて
■ 西洋占星術の精神性
◆ 自然科学と西洋占星術
◆ サインの使い方
■ 惑星の図案
■ 星を読むことができると
したら
それを書いたのは誰?
■ 星を読むことが その 2.
■ 星を読むことが その 3.
■ 星を読むことが その 4.
◆ 創造神と、神々の位置
■ エレメントを持つ惑星
◆ 魔術と唯識論
■ 魔術と、霊的な感覚
◆ サインを多用しない
■ 占星術で言うエッセンス
■ 5度前ルール
■ 本質を区分する
◆ 判断の前の考察
■ 心の品質


■ 占い四方山話し
■ パソコンのトラブルを
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◆ 占星術が生まれた
■ 西洋占星術の簡単な歴史1
■ 西洋占星術の思想史

 ◆ 西洋占星術の誕生の要素

エレメント 12サイン カルディアン・オーダーが、そろった

 ◆ 西洋占星術の素性

 『西洋占星術は、ギリシャ哲学で使われるようになった4つのエレメントという考え方と、カルディア王国で考案された12のサインというものと、同じくカルディアで考えられたカレンダーの語源ともなっているカルディアン・オーダーという7つの惑星の並び順を結び付け、これらを基礎として生まれた星占いです。』
これらの三大要素は、同じような地域で、全て、約2,500年前に登場しました。

 それまでに在った『星占い』と別れ、新たに『西洋占星術』となったのです。

 4つのエレメント、12のサイン、同じくカルディアで考えられた惑星の並び順カルディアン・オーダー、そして、ハウスを結び付け、これらを基礎として生まれた星占いでした。

下記の図のような天球図が想定されます。これは、17世紀に描かれた図です。

トレマイック

トレマイックな天球図 図−1


 ◆ 個々の基礎となる構成要素

● エレメント
 アリストテレス(BC382〜BC322)は『自然学』という本の中で、エレメントを4つにしたのはエンペドクロス(BC492〜BC432)だと書いています。それまでギリシャのストア哲学には3つのエレメントという考え方がありました。エンペドクロスはそれを3 つでは説明しがたいので4つにしたというのです。更にアリストテレスはその本の中で、5つ目のエレメントについても言及していて、火・地・風・水というエレメント以外に、エーテルと呼ばれるエレメントがあり、それは神々の領域にあると書いています。エーテルは、エレメントを持った惑星の天球を通して地上に降ろされると考えました。エーテルとは、東洋の気のような概念です。


● 12サイン
 一方、(日本では新バビロニア王国と言う名前で知られている)カルディア王国では、紀元前5世紀ごろに、12のサインというものが考え出されました 。黄道帯を通る太陽の通り道に、春分、夏至、秋分、冬至点を印し付けることによって、様々な天文の観測が容易になります。それを更に12等分することによって、太陽の動きと季節が天文観測上の正確な物指しとなりました。


● カルディアン・オーダー
 カルディアには惑星の並び順を観察して、カルディアン・オーダーという名前を付けた惑星の並び順があります。それは、肉眼で見える見かけの早さに基づいています。太陽と水星と金星の平均速度は同等ですが、逆行等の動きも加味して観測すると、見掛け上、水星が早く動きます。このような観察で並べることによって、現在我々が知り得る天文学上の並び方とは違う、一番外側に土星、次は木星、続けて火星、太陽、金星、水星、月という順番に並びます。これが、カルディアン・オーダーと呼ばれるものです。別のページで説明していますけれども、この並び順でも太陽が真中になります。中世ヨーロッパでは、太陽を中間者と詩的に読んだものでした。天王星や海王星を入れ込むと、太陽は中間者になれなくなり、したがって王ではなくなり、技術的にはコンバストも無くなります。
※コンバストの意味合い。太陽である王は、王権を奪いに近付く家来を切って捨てるとする。


● 恒星
 恒星は光を放っています。西洋占星術は、全ての光を持つ恒星を考慮に入れたわけではなく、特に、黄道に近い物、それと目立つモノを入れ込みました。それらの星々は空を見上げれば何かを感じさせてくれたものと思います。我々の感覚は既に鈍って久しいのですが、古代の人々は、それぞれの恒星から来るバイブレーションの種類を鋭い感性で得ていたものと思います。真っ暗な夜に親しむものとして、せいぜいローソクやランプの時代には、星々とお酒ぐらいしか楽しみが無かったわけですから、我々とは格段に星に対する感性の鋭さが違っていたとしてもおかしくありませ。そんな感覚によって、恒星と、それをつなげた星座の意味合いを見つけてきたのです。


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 ■ 西洋占星術の誕生の時


● ギリシャの哲学
エ ンペドクロスがギリシャに生きていた時代は、カルディアで12のサインが考案された時代とほぼ同時期です。その後に生まれたプラトンの弟子、ギリシャ哲学の巨匠アリストテレスは『自然学』の中で、考察の為に占星術的な天球体系を持ち出していますから、西洋占星術の基礎が出来上がったのはほぼ紀元前400年を境にした前後のことだと考えられます。アリストテレスはアレキサンダー大王の家庭教師だった人です。


 ピュタゴラス学派に学んだエンペドクレスの唱えた四大元素(エレメント)は、後のヨーロッパ自然科学や哲学に多大な影響を与えていきます。例えば、ヒッポクラテスはこの4つのエレメントを使って古典西洋医学を打ち立てました。また、四大エレメントの考え方は、錬金術にも大きな影響を与えていきます。


 プラトンも四つのエレメントを使って創造神話『ティマイオス』を書いていて、その中で創造神デミウルゴスは、世界を創造する時に火水地風の四つのエレメントを使ったとされています。プラトンはギリシャ哲学の初期の段階に、イデアという考え方も持ち込みました。イデアとは永遠に変化しない、この世の物事を成り立たせている論理の基となる純粋な概念のことで、数学の「定理」のようなものです。架空の天空である黄道帯12サインは、占星術におけるイデアの一つであると理解されます。


 そして、そのギリシャで、四つのエレメントと12のサインとカルディアン・オーダーで並ぶ七つの惑星が結び付けられます。


 星占いから西洋占星術へと変化した初期の段階では、このような事柄が結び付けられた重要な熟慮による大きな変転があったのです。それは、『創造神は、黄道帯12サインに充満する5つ目のエレメントを含めて、12サインから4つのエレメントを発し、恒星の天球を通し、そして再び4つのエレメントを受け持つ7つの惑星の天球を通し、そして、我々の住む地上にその力を及ぼす』というユニークな考え方です。この連携は全く物理的なものとは違っています。天にある全てのモノが神々の道具だとされたわけです。


 このように明確に「西洋占星術」と名付けられるようになったのは、カルディアン・オーダーで並べられた惑星と、12サインと、4つのエレメントを使い出してからです。それは、紀元前3〜4世紀の時代、これらの地域で始まったに違いありません。ハウスの概念は、幾らかの変遷の結果1世紀〜3世紀に定着したようです。


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 ◆ サインの構造

● サインの位置 = 神々の位置
 カルディアン・オーダーとは、夜空を見上げると惑星達が、まるで幾つかの天球の層の中を動いているとしか考えられないとする思索から導かれています。この層の数は考察者によってその総数は一定していません。逆行する五つの惑星の順行と逆行にも層を加えた占星家もいたからです。しかしながら、ここでは最初に掲げた図のように要約した9つとしました。これは非常に基本的な天球の数です。7つの惑星の天球が各1つずつと、星座の天球と、サインの天球です。始めに出した図は17世紀のさし絵です。


 占星術では恒星や、それをつなげた星座の更に上の層に、架空の天球であるサインを想定しています。天文学的な見解では、春分点の方が星座の天球を後ずさりしていると説明されていますが、占星学では逆に考えないと神々を想定することができなくなります。それは何故でしょうか。


● 創造主(神)の位置(サイン)と、下位の神々
 世界各地の神話や、仏典、聖書等から覗えることは、創造主あるいは名もない神と、恒星の天球(つなぎ合わせると星座)に留まる神々の、大別して二階位の神が想定されることがあげられます。大雑把に言って、結婚をする神々と、結婚をしない神々です。


 日本の神話でも、古事記に出てくる「アメノミナカヌシノミコト」や、「タカミムスヒの命」や、「カムムスヒの命」は一人神です。一人神とは、結婚をしない、求めない神です。一方、イザナギの命やイザナミの命は、男女別々の性を持つ神々です。聖書に登場する「創造主」も、結婚を標榜しない神です。仏典でも、神々の上の段階になると、雌雄が分かれていません。つまり、幾つかの神話や宗教でも、精神的なレベルが上れば上がるほど、もはや性別に支配されない世界があるようです。どうやって子孫が生まれるのかというと、仏典によれば、その当該の世界に相応しい魂たちは蓮の花から新たに転生してくることになっています。


 神話に戻ると、恒星をつなげた星座と、その星座の間を遊ぶ神々は、時には人間に恋をしたり、互いに嫉妬をしたりもする、男女別性の神々です。神々といえども、星座に写し出された神々の心の状態は、創造主とかなり隔たった要素を持っていると捉えられます。なぜなら、神話に登場する星座を形作っている神々は、私たちの知っている心の働きとよく似た動きもするからです。創造主は求めることを離れていますから、不動という概念が相応しくなります。よって、神々にも二階位の概念が想定されることになります。上位の神は一人神、激しく心を変えずに法則そのものを司り、星座を操る創造主です。下位の神々は、恋をし、闘争もなし、嫉妬もし、子供も雌雄の何らかの結合で作る、心変わりを幾分してしまう男女別性の神々です。ですから、星座の神々と創造主は同じ場所を占めるに相応しくはないでしょう。


 星座の天宮は、恒星の張り付いている場所として可視の天球であり、そこに我々の祖先は神話に登場する多くの神々を想定してきました。占星術では恒星とそれをつなげた星座(浮気もする神々)の天球が、少しずつ前に進んでいると考えています。この動きはとても遅く、約2万6千年かかることになっています。このように考えることにより、星座の天宮がゆっくりとですが動いていることになります。創造主の天球は、固定的(30度ずつで変化しない)で黄道帯12サインと呼ばれ、我々に不可視の架空の天宮なのです。


● 星座と神話と聖書
 西洋占星術が、その天球を考察する場合に、その宗教的とも取れる概念をどう入れ込んできたかを考えてみましょう。


 黄道帯12サインの順番は大いに星座の名前に依存しています。それでも、サインの意味は、星座の意味とは違っていますから、サインの意味 ≠ 星座の意味です。星座には、ギリシャやローマの神話にあるように、とても華々しい物語が一つ一つ付与されていて、それを読んでみると星座の意味は把握できます。けれども、それらはサインの意味とは違っているのです。混同している方々が、とても多くいらっしゃいます。


 ギリシャ・ローマ神話によれば、始めに名もない神がいて、その神と自然が手を下してこの世を形作っていったことになっています。その後に登場する神々が多くの星座を作っていきました。まさに、多神教の世界観を持っているのです。神話の中で、アポロンの息子であるパエトンが父親の宮殿にたどり着くと、アポロンの神殿の銀の扉の両側に6つずつ、12の星座が刻まれていたとなっています。ここから考えると、神話の12星座から12サインのヒントが湧いたのかもと思ってしまいそうですが、この逸話の部分が、神話の作られた始めのころから挿入されていたかどうかは定かではありません。


 一方で、西洋占星術の偉大な教科書の一つは聖書であると言われます。

 「聖書」のヨブ記にこうあります。(38: 31−33).


ヨブ記38_31-33

お前はスバルの鎖を引き締め
オリオンの綱を緩めることができるか
時がくれば銀河を繰り出し
大熊と子熊を共に連れ歩くことができるか
天の法則を知って
その支配を地上に及ぼす者はお前か!


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 この文節は聖書の中で創造主が声高らかに、星座を作ったのも私で、その法則を知りつくしているのも私で、星座を含めて地上にまでその支配を及ぼしているのも私だと獅子吼している個所です。


 このように考えてくると、創造主が自分の作り上げた時々浮気もする神々の内側を歩んでいるとは、決して考えられません。私が星座を作ったと述べる創造主の住む天球の内側を、男女別性の神々がゆっくりとではありながら移動するのが西洋占星術的な視点になります。創造主は、春分点を含む十二サインの天球にいて、そこは占星術的に不易であり、その内側を恒星とそれをつなげた星座の天球がごくごくわずかずつながら前進しているのです。


 今日、一部のテキスト類では天文学に準じて、サインが恒星と星座の天球に対して後ずさりしていると書かれているものがあります。でも、サインは創造主の天球であり、恒星と星座の天球が前に進んでいるのです。占星術は天文学に媚を売ることを全く必要としません。独自の立場で捉えた方がより占星術をとらえやすくなります。


● 春分点
 西洋占星学では、春分点を含む黄道帯に置かれているサインを動かない帯状のものと捉えています。これに対して、星座は少しずつ前進していて、長の年月のうちにかなり前に進んできました。その前進する速度は72年間に約1度です。その結果、2011年現在、牡羊のサインは下図のようにほとんどうお座と重なっています。


春分点と星座

図−2

 アンドロメダ座とかうお座というのは、ギリシャ神話やローマ神話の中にも登場するもので、西洋占星学成立以前からありました。図−2は、西暦2000年の春分点を含む近隣の星々の位置です。御覧のようにうお座の中に春分点があり、牡羊のサインと称される場所にはおひつじ座がありません。牡羊のサインほぼ全体が、うお座にあることが分かります。やがて、ここ数百年の間にみずがめ座が前に進んできて、アクェリアスの時代と呼ばれる時代が始まります。うお座の時代とか、アクェリアスの時代とか呼ぶのは、春分点のある星座の時期・時代を指して言います。


 図−2は、架空の天球であるサインの方が後ろにあると思ってご覧ください。黄道に対して直角の線が引かれているのは、西洋占星術では、様々な星々を黄道なり赤道へ垂線を下ろして考えるからです。


 地球からの惑星達の観測位置は、西洋占星術 が産まれた当初よりもより高度な数学によって計算されるようになりました。この物指しとしての天体の位置は、船の航海や占星術でもよく実際的に使われ役立っています。遭難者にとっても役立つかもしれません。


 占星術の持つ思想に関しては、上記の天球構造の中に神々を想定するものとして少し表れ出ています。西洋占星術が初期の発展を遂げたギリシャには、宇宙論を根底として、天上の星々と月下 の物事は関連しているという考え方が出てきました。ギリシャの宇宙論は、12サインや惑星のことと、地上の自然界や人間界の対応を理論的に証明しようとするものでした。いや、神々の存在を、理論的に証明しようとしたのです。

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